「それじゃあみなさん、行きますよー」
にこっと笑って振り返ると、すでに生徒たちは氷上君と小野田さんの誘導に従って二列に並んでいた。
うん。やっぱり課外授業にこの二人がいるととても楽です。
「若王子先生」
今日の課外授業の場である映画館にきちんと整列して入場していく生徒たちを見守っていると、最後尾にいたさんが眉を寄せて僕を呼んだ。
「さん。どうかした?」
ああ、そうか。
そんなモブ(男子生徒)の隣じゃなくて、僕の隣がいいんですね?
もちろん僕も君の隣がいい。そのための課外授業です。
「先生すぐはぐれちゃうんだから、ぼーっとしてないでちゃんと付いて来てくださいね!」
「はい、もちろん。先生はずっとさんに付いて行きますよ?」
「………なんか違う。」
首を傾げるさんも可愛いなぁ。
ああ、こうしてずっと二人で話していたいけど、それじゃあ氷上君と小野田さんに怒られちゃいます。
僕は渋々さんの可愛らしい顔から視線を逸らして、彼女を促した。
「さ、さん。早く行きましょう!」
「あ、はい……わっ!」
「さん!?」
「いえ、ちょっとつまづいて。大丈夫です、行きましょ?」
「はい。」
そんなおっちょこちょいなさんも可愛いなぁ。
「遅いですよ、若王子先生!早く席に着いてください!」
「さん、あなたもですよ?ただでさえ先生の遅刻で上映時間が迫っているんですから!」
「ご、ごめんなさい」
「すいません」
少し遅れて入場すると、やっぱり二人に怒られた。
こんなことならもう少しさんと二人っきりでいれば良かったな。
ああ、でも二人して怒られるって言うのもなかなか甘酸っぱくていい。
「もう、先生のせいですよ?」
「うん、ごめんね?」
席に座りながらウキウキしていると、隣に座ったさんに小声で怒られた。
そんな事までが楽しいなんて、なんだか子供みたいだね。
上映中は隣ばかり気になって、映画を見るどころか眠ることもできなかった。
すぐそこに君がいるというだけで面白いほど胸がドキドキして、まるで思春期の少年のようだと気恥ずかしくなる。
ぽっかりと開いた時間が、得られなかった感情が、ひとつずつ埋まってゆくんだ。君と一緒なら。
「若王子先生」
さんの声で気が付くと、いつの間にか映画は終わっていた。
満たされた気分に結局眠ってしまったらしい。
「……みんなは?」
「氷上君と小野田さんの先導で外に。」
「そうですか。」
「また、怒られちゃいますね?」
悪戯っぽく微笑むさんに、それでもこうして僕の側にいてくれるんだなぁなんてしみじみ思う。
でも僕は大人で先生だから、これ以上君に頼りないところを見せちゃいけない。
「じゃあ、僕らも急ぎましょうか。」
「はい………きゃっ!」
狭い通路を急ぎ足で抜け、ロビーに出てからは小走りでみんなの待つ外に向かう。
しかしその途端、さんが声を上げてつんのめった。
「さん!?」
「す、すいません、靴が脱げて……」
反射的に差し出した腕でさんが転ぶのは阻止できたけど、彼女のスニーカーの片方が離れたところに飛んで行ってしまった。
「ちょっと待ってて下さい。」
「は、はい」
片足立ちで申し訳なさそうにするさんに気にしないでと微笑んで、靴を拾って戻る。
……だけどなんで紐でしっかり結んであるスニーカーが脱げるんだろう?
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます!」
疑問に思いながらも靴を手渡すと、照れくさそうな笑顔が返ってきた。本当に可愛い。
靴を履くためにしゃがみこむさんのスカートの裾を気にしながら(タイツだから見えないです。ちょっと残念)、その様子を見守っていた僕は首を傾げた。
「……さん?」
「はい、なんですか?」
「スニーカーを履くのに靴紐を解かないんですか?」
「え?いちいち解きませんけど……」
結んだ靴紐はそのままに足をねじ込むさんの行動に質問すると、逆に不思議そうな顔をされてしまう。
靴を履き終わって立ち上がったさんは、今度は僕に質問をぶつけてきた。
「じゃあその紐はものすごく緩く結んであるんですか?もしかして。」
「そうですよ?若王子先生は靴を履くとき紐を解くんですか?」
「そりゃあそうでしょう?だってそうしなきゃ足が固定されないじゃないですか。」
「え、だってめんどくさくないですか?」
「面倒くさいです。だから基本的に紐靴は履きません。」
「……なんか若王子先生らしい。」
「それに紐靴は脱いでおくと猫がじゃれます。ボロボロです。」
「それは困りますね。でも可愛いかも。」
「可愛いです。もう見惚れちゃいます。」
ああ、いけない。話が逸れてしまったな。
「そうじゃなくて、そんな履き方をするから何度もつまづくんじゃないですか?」
「……そうですけど。」
お説教モードになった僕に気付いて、めんどくさいんですよ、と口の中で呟く彼女に眉を寄せる。
「だけど危ない。」
「だって……」
「だってじゃない」
「え、若王子先生!?」
驚くさんを尻目にさっさと足元にしゃがみこみ、しゅるりと靴紐を解いた。
さっきは僕が支えられたからよかったけど、もしそれが僕以外の男だったら。
タイツだったから見えなかったけど、夏だったら。
沸々と沸きあがる苛立ちを指先に込めて、靴紐をぐっと引き締めた。
「……君が面倒くさいなら、僕が毎日結んであげる。」
「え?」
「僕が毎日解いてあげる。君が転ばないように。」
「……そんなの無理ですよ?」
「無理でもいい。」
「良くないです……」
困りきった顔で僕を見下ろすさんが、ちゃんと靴紐を結ぶと誓うまで続くにらめっこ。
まっすぐに彼女の顔を見つめて、どこか縋るような気持ちになる。
……もちろん、毎日君に会えると言うなら、それはそれで構わないけど。
「……わかりました。」
君が出した答えはどっちだろう?
立ち上がり、微笑を浮かべてさんの答えを待つ。
「マジックテープのスニーカーを買います。」
「やや、予想外の答え。……うん、でもそれはいい考えです。」
「もう、先生のせいですよ?」
「うん、ごめんね?」
少しだけ膨らんだ君の真っ赤なほっぺたが、本当はこれっぽっちも怒ってないことを僕に教えてくれているから。
僕は笑って謝りながら、そっと君の手をとって歩き出した。
04.君を言いくるめるための嘘に偽り無し
なんで若王子先生を書くとどこかが変態になるんだろう?
いやいやいや、変態じゃないです!ラブラブなんです!(必死)
いやほんと、最初の下書きではさらにおかしなことになってましたが、大分修正できたはず。
もちろんこの後生徒会コンビにたらふく怒られるがいい!
09/06/12