窓の外がうっすら白んできて目が覚めた。
 昨日は帰りが夜になってしまったので、うっかりシャッターを閉め忘れてしまったみたい。
 昨日は卒業式で、夜は卒業生のパーティーがあって……

「昨日!?」

 がばっと飛び起きて、日付を確かめようと枕元の携帯電話に手を伸ばす。

  しゃらり……

 冷たい金属と細い鎖の感触。はっとして、掴んだそれを引き寄せる。

「珊瑚礁の鍵……」

 夢じゃ、なかったんだ。
 ぼんやりしてた頭が、急速に回転し始める。

 昨日は瑛が帰って来て
 夢も珊瑚礁も諦めないって言って
 もう、離れないって……

「わたしホントに、瑛の彼女になったんだ……」

 ……よね?






 着替えだけ済ませ、落ち着かなくて家を飛び出した。自然と足が向いたのは昨日の海岸。
 朝の海。まだ少しひんやりした潮風を、胸いっぱいに吸い込む。
 少しずつ昇っていく太陽に照らされる浜辺は、昨日とはまるで違う表情で。
 やっぱり夢だったのかなと疑いながら、スカートのポケットの中の硬い感触を確かめた。
 しゃらりと冷たく触れるその感覚に情けないほどホッとして、胸に溜まった重みを呼気にのせてゆっくりと吐き出す。

「……卒業しちゃったんだなぁ。」

 なんとなく心に残るせわしなさは、時間に追われる毎朝の習慣のせいだろうか。
 わたし、もう高校生じゃないんだ。心の中でつぶやく。
 押し寄せるのは大人に近づいた事への誇らしさというより、漠然とした不安。
 高校生でも大学生でもない、肩書きのない自分。なぜだか急に、身体ひとつで宙に放り出されてしまったような気さえして
 ふるりと身体が揺れた。

 

、寒いのか?」

 ざくざくと砂を踏む音と共に聞こえた、思いがけない人の声。

「瑛」
「なんかやたら早く目が覚めてさ。」

 歩いてきた瑛は、脱いだばかりの上着をわたしの肩に掛けながら、照れたように笑う。

「わたしも。…寒くないから大丈夫だよ?」

 寒くて震えたわけじゃないの、と上着を返そうとした腕を瑛に制される。心配そうな顔。

「泣きそうな顔、してる。どうした?」
「あ……卒業、しちゃったんだなって。」
「…そうだな。俺達、もう高校生じゃないんだ。」

 潮風になびく瑛の髪型は、いつもと違ってふわふわと空に舞う。セットしてないからかな?
 その柔らかな動きを見つめながら、心に浮かんだ不安を打ち明ける。

「うん、だからね?今のわたしはなんなんだろうって。ほんの少しの間だけ、学生でも社会人でもなくて。
 曖昧で……なんだかすごく、不安になる。」
「おまえもそんな風に思ったりするんだな。」

 海の方を見ながらじっと聞いてくれていた瑛が、感心したようにつぶやく。

「……なんか引っかかる言い方。」
「わかるよ。俺もずっと、自分の存在に自信とかなかったからさ。」

 眉を寄せて瑛を見ると、自分の失礼な発言を無視して話し出す。

「……瑛も?」
「ああ。俺、ずっと人間関係良くなかったから。」
「あ、前に言ってたよね。友達いなかったって。」
「……ハッキリ言うな。ガキだったんだ。自分の事ばっかりで、他人の気持ちとかうまく理解できなかった。」

 そういえばマスターも言ってたな。意地を張ってケンカして、何でもないって顔してても、海で一人で泣いてたって。

「だから成績とか、わかりやすい評価で自己満足してたんだ、きっと。」
「そっか……。じゃあ今わたしが不安なのも、学生っていうわかりやすい肩書きがなくなったからなのかな?」

 そっと手を伸ばすと、重なった手と手をそっと組み直される。
 体温の高い瑛の手のひらに、自分の手のひらがすっぽり納まるのが嬉しくて。

。俺は俺。……今はそれで十分だって思ってる。」
「うん!」

 元気良く頷くと、繋いだ手をぐいっと引き寄せられた。

「……あと、俺の彼女っていう肩書きも忘れんな。」
「瑛……顔、真っ赤だよ。」
「ウルサイ。いいだろ、別に。」
「うん。瑛、大好き。」
「……俺も好き。……かなり。」

 ぎゅうっと抱きしめられる身体の温もり。瑛の匂い。腕に込められた力の心地よさ。
 ……さっきまでの不安が嘘みたいに吹き飛んで、わたしはすごく幸せな女の子になった。






「それで、おまえ大丈夫なの?」
「……なにが?」

 瑛の腕の中の心地よさに、うとうととまどろみそうになっていたわたしは、いきなり引き剥がされて唇を尖らせる。

「……耐えろ、俺。……大学入試にきまってるだろ。」
「入試?」

 首を傾げるとはあ、とため息をつかれた。

「ちゃんと一流大受けたんだろ?」
「うん。……あ、そういえば瑛は?」
「俺も地元の地方会場で受けた。」
「そっか!じゃあ来月から二人でキャンパスライフだねっ!」
「……受かればな。」
「ぐっ」

 思わず詰まると、瑛のきれいな眉がぐぐっと寄せられる。
 名誉のために言っておくけど、わたしも瑛も偏差値や1月の模試の結果では、もちろん余裕で合格圏だ。
 だけど、この間の受験当日のわたしは……

「まさかとは思うが、俺がいない寂しさで自分を見失ってたとか言わないよな?」
「まさか!……ちょっと記憶が曖昧なだけだよ。」

 千代美ちゃんに連れられて試験を受けたことは確かだけど。
 気が付けば終わってたので自信があるとかないとか言える状況じゃないだけで。

「……行くぞ。」
「行くってどこに?」
「羽ヶ崎学園の自習室。若王子先生に言えば使えるだろ。」
「ええ!?まさか受験勉強じゃないよね!?」
「そのまさかだ!今から後期試験に向けて猛勉強する!」

 瑛から一気にスパルタオーラが沸き上がる。

「ええ〜〜〜!?せめてわたしの部屋でとか……」
「却下!雑念が多すぎる!……俺の我慢が持たない。」

 にべもない。
 せっかく瑛と恋人同士になったんだから、二人でどこかに遊びに行きたい。
 いくら瑛と二人でも、間違えた瞬間にチョップが降ってくる地獄の猛勉強は……絶対いやだ!!
 徹底抗戦の覚悟を決めたわたしは、ありったけの力を視線にこめて、瑛をにらみつける。

「そ、そういう瑛こそどうなの!?わたしがいない寂しさで、自分を……」
「ハッ!俺を誰だと思ってる。」
「……なにその自信。」

 わたしの反抗を一言の元に切り捨てるその様は、とてもさっきまで自信ないとか言ってた人とは思えない。

「俺は高校生活の分もと楽しく青春するって決めた。だから受かってない訳がないだろ?」
「なにその理由!?だったらわたしだって、高校の分も瑛と一緒にラブラブハッピーキャンパスライフ!」

 完全に瑛のペースに乗せられたわたしは、無意味に張り合って、自分でもよくわからない目標を掲げる。

「ま、このままじゃどっちも無理だけどな?」
「無理じゃないよ、絶対実現するもん!ホラ、学校行くよ!」

 してやったりの笑顔はこの際気付かなかった事にして
 わたしは瑛を引っぱるように歩き出す。




 砂浜に点々と続く、二人分の足跡。

 この軌跡がずっと続いていく限り

 わたしがわたしで、瑛が瑛である、ただそれだけが

 最高のハッピーライフへのチケットなんだ!

 





     きみを好き








「言っとくけど、問題できなくってもチョップ禁止だからね!」
「それは無理。教育って言うのは常に飴と鞭なんだ。」
「……じゃあ、できたらご褒美あるってこと?」
「ゲンキンなやつ。……いいよ。終わったらなんか食わせてやる。なにがいい?」
「瑛がいい!」
「っっ!!」
「あ、間違えた。瑛の作ったケーキがいい!」
「……よし、歯、食いしばれ。」

 そして思いっきり脳天にクリーンヒットした瑛の温もり。



通行人「……変なカップル……」













 うんもう延々といちゃついてればいいと思うんだ。この二人は。
 多分当人は自覚ないと思うんですけどね。
 さて、ED後はさらりと一流大生な二人ですが
「頼むよ、耐えられないんだ!」
 の後に速攻、密さんの誕生日プレゼントを買いに走るのと同じくらい、平気で受験とかは不自然だろう!
 瑛ED冒頭のデイジー独白、
「ちゃんと卒業しなくちゃ。瑛は、もういないんだから。」
 ってとっくにしてるんじゃ?って突っ込みてぇイキオイです。
 なので勝手に受験事情を捏造してみました。(いや、多分普通に合格してるんだろうけど。デイジーは。)

 このあと宣言どおり、初エッチ話に持ち込む流れでございますが、多少時間軸を追いたい関係で4月入ってすぐくらいのアップを目指して執筆中です。
 『きみが好き』あとがきにも書かせて頂きましたが、どこまでエロかは定かでないです。
 どっちかというと、そこに到る流れとか雰囲気が書きたいので。
 どっちにしろわたしが書きたいだけのてめえ勝手なものでございますので(卑屈)そこのとこはご容赦頂けますようお願いします……
 ではでは、ありがとうございました!