どうしたらいいんだろう。

 ざぁざぁと降りかかるシャワーに身を委ねながら、わたしは今更ながら思いっきり眉を寄せていた。
 こういう状況……今日瑛に抱かれるということは、全く予想していなかったといえば嘘になる。
 わたし達はお互いを好き同士で、ちゃんと付き合ってて、二人っきりになれる空間もできた。
 そういう雰囲気にならない訳がないって気がする。

 瑛のものになりたいという願望はとっくの昔にわたしのなかにあったわけだし。
 だからっていざそのときが来た今、準備も覚悟も万端かと言われると

 ドキドキが止まらなくて死にそうだ。

 そしてわたしはただただ修行僧のようにシャワーに打たれ続けている現状。

 シャワーを浴びてから、というのはわたしでも知ってる常套句。……でも浴びるだけでいいのかな?
 いやいや、やっぱり洗うんだよね。あ、でも髪はどうするんだろう。
 汗かいてるから洗いたいけど、でも乾かしてる時間とかあるかな。
 あ、でももう髪も濡れてるや。いいや洗っちゃえ。
 がしっとシャンプーボトルを掴んで手のひらに絞り出すと、途端に漂う瑛の香り。
 うわぁぁなんだか物凄く恥ずかしい!
 手のひらにとろりとした液体をのせたまま、わたしは硬直してしまう。
 いやいや落ち着こう!とりあえず洗おう!次来るときはわたしのシャンプー持ってこよう……って次のことはいいんだ!
 とにかく今を乗り越えないと!
 あわただしい手つきで泡を立てて、震える指で急かされるように髪を洗った。次はなんだ何をすればいいの?身体、身体を洗わなきゃ!
 自分でも情けなくなるほどのテンパり具合を、なんとか抑えて入念に身体を洗ったものの。
 今更どうしようもないおなかのぷにゅっという感触に愕然とした。

 ちゃんとダイエットしてれば良かった。だって、相手は瑛だ。無駄のない筋肉質なパーフェクトボディ。……うわぁん、こんなの見せられないよぅ!



 トン、とバスルームのドアを小さくたたく音に思わずびくっとする。


『なぁ……終わった?』
 曇りガラス越しで少し篭って届く瑛の声。
「も、もう少し!」
 ぼんやりと色と形だけで映る瑛の姿。と、いうことはわたしのことも見えてるってことで。
 泡だらけだし、もちろんハッキリと見えるわけではないだろうけど、恥ずかしくてあわててしゃがみこんだ。
『ゴメン、急かしてるわけじゃないんだけど、なんか落ち着かなくて。』
 瑛の少し甘えるような響きの声が可愛いと思う。
「うん……わたしも、すごくドキドキしてる。」
 少しだけ落ち着きを取り戻して振り返ると、扉の向こうにぼんやり映る瑛は後姿のようだ。
 ほっとして立ち上がり、瑛の声を消さないくらいのシャワーの強さで泡を流してタオルを巻いた。

「あ、あのね、瑛」
『なに?』
 ここまできてやっぱり無理だと告げたら、瑛はどう思うだろう。……がっかりさせちゃうだろうな、きっと。
 でも、このおなかを見てもがっかりされちゃうんじゃないだろうか?
 受験勉強の反動と瑛に会えない寂しさで、この一ヶ月の食欲はかなりのものだった。
 軽くつまめる程度のものだけど、そんなに胸が大きくないから余計目立つ気がする。
 そもそも瑛はなんとなく巨乳好きっぽいし。瑛の好みとはかけ離れたこんな身体を見せたりしたら。

 嫌われてしまうかも……

 そう思った瞬間、どばっと涙が頬を伝った。
 今まではこんなこと、意識したこともなかった。
 いつかはこんな日が来るとは思いつつ、瑛に身体を見られることは考えてなかったから。
 そんなの当然のことなのに、なんて間抜けだったんだろう……。



?』

 黙ってしまったわたしを、心配そうに瑛が呼ぶ。
 できないって言ったら瑛は怒るかもしれない。
 でも瑛に全部を見せる勇気も自信もなくて
 ……どっちにしたって嫌われちゃう!!


「やだっ!嫌いにならないで!」
 容量を越えてパニクったわたしは、気付けばみっともないほどの涙声で瑛に縋りついていた。




「な、ちょっ……!?」
「うわぁん!巨乳は無理だけど、おなかは頑張って引っ込めるから!いつもこうなわけじゃないんだからぁ!!」
「わ、わかった!わかったからとにかく落ち着け!な?」
 瑛の胸元を鷲掴んで必死に訴えると、口元を引きつらせた瑛がぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「うう……巨乳じゃなくてごめんね……ひっく」
「いや別にそれはいいけど……なんでおまえを嫌いになるとかって話になるんだよ?」
 尋ねる声に少し呆れを滲ませて、瑛が濡れたままの髪をタオルで優しく拭いてくれる。
 わたしは瑛の胸元を掴んでいた手を、瑛の後ろに回してぎゅうとしがみついた。
「だって、巨乳じゃないもん……全然瑛の好きな身体じゃないし。」
「俺はいつの間に巨乳好きになってんだよ?」
 ぽろぽろとこぼれ続ける涙を、瑛の唇がぱくりと食む様に掬い取った。
「!」
「俺が好きなのは、。」
 思わず真っ赤になるわたしを見つめる、瑛のまっすぐな眼差し。
「どんな風だってなら
 嫌いになんて、なるもんか。」
 少し照れたような、だけどまっすぐにわたしに向けられる真剣なまなざし。
 抱きしめられる腕に力がこもり、わたしは力の抜けた身体をふにゃりとすり寄せる。
 さっきまでの不安はどこかに吹き飛んでた。